東京高等裁判所 昭和25年(行ナ)7号 判決
原告 松波秀利
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「特許庁昭和二十二年抗告審判第九四号事件(昭和十九年特許出願第四二七三号拒絶査定不服抗告審判請求事件)について昭和二十五年三月十四日同庁のなした審決を取消す、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求原因として、
第一、原告は「粘結炭、不粘結炭、亜炭及び無烟性炭等の粉末を適宜混合し酸化を防止しつつ、適宜加熱して炭粒の表面は樹脂質糊料を湧出させると共に、炭粒を軟化熔融させて、これを一定形状に加圧成形後更に低温乾溜することを特徴とする半成コークス製造法」を発明して、昭和十九年四月十五日特許出額をした(昭和十九年特許願第四二七三号)ところ、(甲第五号証)、特許標準局は、昭和二十二年四月九日原告所有の「熱によつて熔融し可塑の難易のある数種の炭種を適宜に粉砕したものの適量を混合し、摂氏三六〇度前後の温度で酸化を防止する適当の方法を施して加熱し、毎平方「センチメートル」五〇キログラム前後で加圧して可塑する練炭製造法」(甲第一号証)を要旨とする特許発明明細書から容易に実施することを得べき程度において記載されたものとし、特許法第四条第二号の規定によつて同法第一条の新規な工業的発明と認めることができないとして、拒絶理由を通知され(甲第六号証)たので、原告は同年五月九日訂正書(甲第七号証)を提出して本願発明の要旨を「粘結炭、不粘結炭、亜炭及び無烟炭等の粉末を適宜混合する第一工程と、これを適宜加熱して炭粒の表面に樹脂質糊料を湧出させるものと共に炭粒を軟化させる第二工程と、これを一定形状に加圧形成する第三工程と更に低温乾溜する第四工程との結合を特徴とする半成コークス製造法」とし、この訂正に基いて、同年五月九日本件発明の引用例から容易に実施できない新規の発明を構成し、特許さるべきものであるとの意見書(甲第八号証)を提出したところ、同年七月三日附で、前に同年四月九日附をもつて通知した理由によつて拒絶すべきものと認めるとの拒絶査定があつた。(甲第九号証)、よつて、原告は、同年八月七日右拒絶査定を不服とし、抗告審判を請求したところ(昭和二十二年抗告審判第九四号)、特許庁は、昭和二十五年三月十四日附で「本件抗告審判請求は成立たない」との審決(甲第十号証)をした上、同年三月十八日其謄本の送達があつた。
第二、被告は「原査定に引用した刊行物である特許第一〇九五〇九号明細書(昭和十年二月二十七日当庁発行)には、加熱により熔融し、可塑の難易ある数種の石炭を粉砕したものの適量を混合しこれを加熱し、別に粘結剤を使用せずに加圧成形して練炭を製造する方法が記載されている。よつて両者を対比するに両者は数種の石炭粉末を適宜混合し、これを加熱熔融せしめて加圧成形し、練炭とする点(本願の明細書の記載を見ると加圧成形したものを練炭と称している)において、一致し唯、その差異としては、前者は加圧成形後の練炭に低温乾溜を施してコークス化するものなれば、製品を半成「コークス」と称するに反し、後者は練炭と謂うに過ぎないものと認める。しかしながら、練炭にも原査定において例を挙げて説示したように、その使用目的によつては、更に低温乾溜することがあつて、これは、本件の出願前顕著な事実であるから結局本願は、かゝる場合の低温乾溜を施した練炭を半成コークスと呼称するに過ぎないものと認められ、原査定引用の刊行物記載の練炭の製法及び上述の練炭を低温乾溜する公知事実から当業者の容易に実施し得る程度のもので、特許法第一条に所謂発明を構成するものと認めることが出来ない。なお抗告審判請求人は本願は工程の結合を特徴とするものであると主張するが本願の各工程は前述のように既に公知のものでこれ等を結合した為に各工程による当然の効果以外に特殊の効果を奏するものと認められないから、工程の結合によつても発明を構成するものと認められない。従つて同法第一条に規定する特許要件を具備するものと為し得ないという審決をした。原告は右の審決に不服であるからその理由を以下に述べる。
(一) 被告引用の第一〇九五〇九号特許発明の要旨は「熱によつて熔融し可塑の難易ある数種の炭種を適宜に粉砕したものの適量を混合し、摂氏三六〇度の温度で酸化を防止する適当の方法を施して加熱し、毎平方センチメートル五〇キログラム前後で可塑する練炭製造法」に関するものであつて、被告の主張するように「加熱により熔融し、可塑の難易ある数種の石炭を粉砕したものの適量を混合し、これを加熱し、別に粘結剤を使用せずに加圧成形して練炭を製造する方法」を記載していない。この点で被告は重大な誤りをしている。この点は本願発明が引用例から容易に実施することができるか否かにつき重大であるから絶対に承服できないところである。
(二) 被告引用の特許発明は熱によつて熔融し、可塑の難易ある数種の炭種を適宜に粉砕したものの適量を混合し、摂氏三六〇度の温度で酸化を防止する適当の方法を施して加熱し、毎平方センチメートル五〇キログラム前後で可塑する練炭製造であることは前述の通りであるから、これと本願発明とは左の五点において著しい差異がある。
1. 本願発明は公知の低温乾溜法において使用することのできない炭質を利用して低温乾溜するものであつて、引用例のように低温乾溜を施行せないものとは発明思想が根本的に相違している。
2. 本願発明は粘結炭、不粘結炭、亜炭及び無煙性炭等のような公知の低温乾溜法において使用できない炭質を利用して加熱によつて炭粒の表面に樹脂質糊料を湧出させると共に、炭粒を軟化熔融させるものであるが引用例では表面に樹脂質糊料を湧出させるものでないことはその加熱温度を要旨としたことで、明白であつて両者間に重大な工程の差異がある。
3. 引用例においては、毎平方センチメートル五〇キログラム前後の圧力と加熱温度摂氏三六〇度とは相関的必須条件とし、又その加熱に当つては酸化を防止することを要旨としているが本願発明はさうでない。
4. 本願発明において、粘結炭、不粘結炭、亜炭及び無煙性炭等の公知の低温乾溜法において使用することのできない炭質を利用し、その粉末を混合して加熱し、炭粒の表面に樹脂質糊料を湧出させると共に、炭粒を軟化熔融させてこれを一定形状に加圧成形し、更に低温乾溜して半成コークスを製造するものであるが、引用例は練炭製造方法であつて、半成コークスと練炭とは同意義のものでなく、工業通念上全然相違するものである。従つて、原審決はこの実験則を無視している不法がある。
5. 本願発明は従来低温乾溜法において使用することのできない石炭を利用して利用上有効な成分及び反応性を具備する強度の大きい一定形状の塊状半成コークスを粘結剤を全然使用しないで、直接粉炭から適確且迅速に、而も非常に経済的に得る工業的効果を生じさせているが、引用例からは全くこの工業的効果を達成することはできない。従つて本願発明は引用例から容易に実施できない新規の工業的発明を構成し、特許法第一条に規定する条件を具備するものであるから特許されるべきである。
(三) 被告は原査定において、成形後乾溜するか否かは成形物の使用目的に応じて定め得べきものとし、特許第一四〇六八八号を援用したが、これは本願発明のような方法で半成コークスを得るためのものではない。即ち本願発明は粘結炭、不粘結炭、亜炭及び無煙性炭等のように、公知の低温乾溜法で使用できない粉末炭を適宜混合する第一工程と、これを適宜加熱して炭粒の表面に樹脂質糊料を湧出させると共に炭粒を軟化熔融させる第二工程と、これを一定形状に加圧成形する第三工程と、更に低温乾溜する第四工程との結合を特徴とする半成コークス製造法であつて、仮に被告引用の特許第一四〇八八号が成形後乾溜したとしても、その各引用例とは思想の集成上異つた特種別様の諸点があり、その総和以上の新規の工業的効果を生じさせた以上、その一事を以て、本願発明の新規性を阻礙すべきでない。
(四) 本願発明は前記のように第一工程乃至第四工程の結合を特徴とする半成コークス製造法であつて、各工程はその諸条件と相結合してこそ公知の困難な資料を利用して一定形状の半成コークスを容易且適確に而も経済的に得る工業的効果を生じたものである以上その一部の工程及び資料が仮に公知であるとしても、これから直に容易に実施し得る程度のものと速断すべきでなく、寔に新規の発明を構成するものとすべきでなる。
(五) なお、被告は成形後乾溜するか否かは、成形物の使用目的に応じて随意に定め得る程度のことであるとして、特許第一四〇六八八号明細書(甲第二号証)、昭和十年十月二十五日共立社発行内田正次郎著石炭、コークス、木炭及練炭第七十八頁(甲第三号証の一、二、三)、昭和十一年五月三十日誠文堂新光社発行最新化学工業大系第四巻第十二頁(甲第四号証の一、二、三)を引用したが、これは意見書差出の機会を与えないのであるから、特許法第七十二条の根本精神に副うたものでない旨、
陳述した。(立証省略)
被告指定代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、その答弁として本件発明の特許出願から抗告審判の審決にいたるまでの特許庁における経過は、原告主張のとおりであることは認めるが、本件発明が、工業的発明で特許さるべきものであるとの主張はこれを争う。これを論ずればつぎのとおりである。
原告主張の(一)は、原告が審決の趣旨を理解していない議論である。審決の趣旨は、本件特許出願前の刊行物記載の事項から本願発明は容易に考えられる程度のものであるというのであつて、刊行物記載の発明の要旨と本願発明の要旨との異同を論ずることは問題にならない。審決の引用文である「加熱により熔融し可塑の難易ある数種の石炭を粉砕したものの適量を混合し、これを加熱し、別に、粘結剤を使用せずに、加圧成形して練炭を製造する方法」については、右刊行物である特許第一〇九五〇九号明細の発明の性質及び目的の要領の項及び発明の詳細なる説明の項の終りから三行目以下に明記してあるから右の主張は理由がない。
原告主張の(二)における本願発明の要旨と引用例の発明の要旨との異同については、(一)に対する答弁の通りで、これを論ずる必要はないが、練炭と半成コークスとの差異について見解を述べる。元来半成コークスとは、石炭の低温乾溜によつて得たコークスを謂うもので、乾溜に当つては粉末のまゝか、或は一旦練炭に成形して行うものである。一方練炭は粉炭に粘結剤を加えるか或は加えないでこれを加圧成形し、更に必要に応じて乾溜(低温、高温の両方がある)を行つて得たものである。従つて練炭と半成コークスとは、名称としては一応区別されるが、半成コークスが練炭に成形してから乾溜したものである場合には、実質的には同様のものが得られ、その差異としては、製品にどんな名称を与えるかの問題に過ぎない。
原告主張の(三)に対して、原査定で、特許第一四〇六八八号を引用した趣旨は、練炭では成形後必要によつて乾溜を行うことは本願特許の出願前普通に行われており、而も文献にも沢山出ているもので、当業者間に顕著な公知事実であるからその一例として補足的に引用し、本願発明における乾溜の点は当業者の容易に為し得る程度のものであるとしたまでのことである。
原告主張の(四)に対しては、本願発明の工程なるものは公知の各種粉炭の混合、加熱、加圧成形及低温乾溜であつて、これ等は練炭の製造法として引用例において既に公知の工程を順序に示しただけであつて何等特殊の工程はない。而も工程の結合によつて公知のものと異なる新規の効果を齎すものと認められないから原告の主張は理由がない。
原告主張の(五)に対しては、特許第一四〇六八八号明細書を引用したのは、練炭を成形した後に乾溜することは当事者間に顕著な公知事実で、必要に応じて当業者の随意に行うことのできることであつて、若し出願人が必要であつたらこの引用例を参照されたいとの趣旨から補足的に引用したまでのことで、何等新らしい拒絶理由として更に意見書提出の機会を与える程の重大なことと認められない。従つて特許法第七十二条に反するものとは思われないと述べた。(立証省略)
三、理 由
本件発明の特許出願から抗告審判における審決までの原告主張の本件の経過については当事者間に争がない。
よつて、本件の争点について判断する。
本願発明の要旨は、「粘結炭、不粘結炭、亜炭及び無煙性炭等の粉末を適宜混合する第一工程と、これを適宜加熱して炭粒の表面に樹脂質糊料を湧出せしめると共に、炭粒を軟化熔融せしめる第二工程と、これを一定形状に圧成形する第三工程と、更に低温乾溜する第四工程との結合を特徴とする半成コークスの製造法」に存することは、訂正書(甲第七号証)により訂正せられたる明細書の記載に徴して明である。よつて本願発明が、新規な発明を構成するか否かを検討するに、「加熱により熔融し、可塑の難易ある数種の石炭を粉粋したものの適量を混合し、これを加熱し、別に粘結剤を使用せずに加圧成形して練炭を製造する方法」は昭和十年二月二十七日特許局発行の特許第一〇九五〇九号明細書(甲第一号証)に記載せられて、本件特許の出願前公知である。この公知の方法と、本願発明とを対比すると、両者は数種の石炭粉末を適宜混合する第一工程と、これを適宜加熱する第二工程と、これを一定形状に加圧成形する第三工程とを順次に行つて練炭とする点において一致し、唯後者が加熱によつて炭粒の表面に樹脂質糊料を湧出せしめるという説明を附加し且加圧成形後の練炭に低温乾溜を行つて練炭を半成コークスと為す工程を有するに対し、前者が樹脂質糊料の湧出について説明を加えず且低温乾溜の工程を有しない点に於て差異あるものと認められる。しかしながら引用例においても、加熱温度は摂氏三六〇度であつて、本願発明の加熱温度摂氏三七〇度と大差がないから、本願発明において樹脂質糊料が湧出するものとすれば、引用例においても当然湧出するものと認められる事実、引用例においては粘結剤を使用せずと記載しある以上樹脂質糊料(タール質分)が湧出し、これが粘結剤の代用となるものと認められる。従つて、樹脂質糊料湧出の点については、両者間に実質上差異がないものと思われる。又練炭を乾溜することは(乾溜には低温乾溜と高温乾溜とが普通に行われる)本願の特許出願前公知に属すること顕著の事実(甲第三号証の一、甲第四号証の一参照)であり、又練炭を低温乾溜することも本願特許の出願前公知(甲第二号証参照)であるから結局、本願発明は前記の練炭を製造することの公知事実及び練炭を低温乾溜することの公知事実から、発明思想を要せずして当業者の必要に応じて容易に実施し得る程度のものと認められ、特許法第一条に規定する特許要件を具備するものとなすを得ない。従つて、本件抗告審判の審決において加熱により熔融し可塑の難易ある数種の石炭を粉砕したものの適量を混合し、これを加熱し、別に粘結剤を使用せずに加圧成形して練炭を製造する方法が公知であるとし、特許第一〇九五〇九号明細書(甲第一号証)及び練炭を低温乾溜することが公知であるとし、特許第一四〇六八八号明細書(甲第二号証)を引用して本願発明が前記公知の事実から容易に実施し得るものであつて新規の発明を構成せずと判定したのは相当であるといわなければならない。
よつて原告主張の(一)及び(二)は被告が特許第一〇九五〇九号明細書に記載してある「加熱により熔融し可塑の難易ある数種の石炭を粉砕したものの適量を混合し、これを加熱し別に、粘結剤を使用せずに加圧成形して練炭を製造する方法」を引用したのに原告に右明細書に記載してある発明の要旨のみを採りこれと本願発明との異同を論ずるものであつて採用することが出来ない。
なお、原告は(三)及び(四)において本願発明は四工程の結合を特徴とするものであつて、各工程が公知であつても工程の結合によつて新規の工業的効果を生ずる以上新規の発明を構成するものであると主張するが、本願発明の第三工程までは、練炭の製造法であるから引用例(甲第一号証)と同一工程であつて同一の効果を生じ、又一定形状の練炭を低温乾溜すれば一定形状の塊状半成コークスを生ずるのは当然の効果であつて工程の結合によつて特殊の効果を生ずるものとは認められない。よつて原告の右(三)及び(四)の主張もまたこれを採用し得ない。
又原告は(五)において被告は成形後乾溜するか否かは成形物の使用目的に応じて随意に定め得る程度のことであるとして、甲第二号証甲第三号証の一及甲第四号証の一を引用したが、これは意見書差出の機会を与えないであるから特許法七十二条の根本精神に副うたものでないと主張するが、これは、練炭を乾溜することが極めて普通のことであるとして例示したものであつて、拒絶の理由と異なる理由をもつて引用したものとは認められないから原告に対し意見書提出の機会を与えないとしても特許法第七十二条に違背したものということはできない。よつて原告の右(五)の主張もまた採用し得ない。
しからば原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却すべきものであるから訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中島登喜治 小堀保 薄根正男)